暑さは肉体を蝕むもんで、寒さは存在を刺すもん。存在は唯一魂と神経がつながっとる部分であって、せやから夏は他者であるのに対し、冬は〈私〉いうもんと近しい。寒さが存在を刺すとき、自分のもっともそばにいてほとんど重なっているものが冬や。冬の良さをわからんやつは、みなあほや。

そう言ったから殴られたのやったか、殴られたあとにそう言い捨てたのやったか。シャッターの降りた店のまえでしばらく考えたけど、思い出せんかった。立ち止まると寒さが身に堪えるんで、何も思いつかんまますぐ道にもどった。

サンカンシオン、サンカンシオン。何かそういう花の名前であるような響きに錯覚するまでその言葉を唱えている。おれではない、おれの頭でもない、身体を行き来する血の流れに乗っている、おれでは制御のできないもんがつぶやいて居って、それが骨伝導できこえているような感じ。制御のできないもんは他にもいろいろある。その中には松山千春もいて、

こごえた両手に息をふきかけて しばれた体をあたためて

あまりにも高らかに歌って居る。 歌な。 歌はよく歌った。その店にはカラオケ機があったから。

むかしこの辺でバイトしていたときよく行ってた薬局の、隣の隣に新しく薬局が建って居った。やけれども待ち合わせ場所はそのさらに斜向いにある、新しくはないけれどもおれは一度も使ったことのない薬局で、着くときみが、店の手前の外からみえる棚をみて居るのがみえた。ちいさいかごにアーモンドチョコレートだけ入っていて、いまはビタミンサプリを手にとって見て居る。マルチビタミン。それもきみの美しい肌に加担しとる奴か。薬局の電気は明るいのできみの肌のところはもうほとんど見えへんくらいのもん、夢やないかと思うけれども夢じゃない。けれどあたかも夢ではないような夢をみているとも知れんのは、何かその薬局の内と外が実際以上に離れてみえて遠かったから、やけど。 なんやろうこの感じ。髪の毛に油を垂らされているように不安。 三寒四温は春の候。今日は寒さの三丁目。きみとは何を話そうか。 おれの制御の取れん部分は節づいて巡りだしていた。 そういえばきのう写真を撮りまして、それが光の加減や何かは判らんけれども絵みたいにみえるから、きみにみてほしいかもしれん。絵みたいにみえるでしょう、でも写真やねんこれ、絵みたいやけど。おもろいやろう。

おもろいか? たかだかそんなことが。 あかんやろ。

おれは全部間違った状態でここに居るように思える。この不安の正体は一体何かと見渡して見ると街は、最後に来た9年前とは何とはなく何まで違っていて、であれば間違ってんのは多分おれのこの9年前からずっと着ているカラスみたいなコートやった。それだけが変わっていないでのこのこやってきて居り、何も変わっていないという点が大幅に間違っている。きみに会うのが恥ずかしい気もしてきて、居ても立ってもあられへんのでいまからでもクスリやろかな、 思てお店のひとに、 「すいませんここって大麻ありますか」 って、ききかけたわ。 っていうエピソードはどうやろう。

それは旧交を温める話題としてはちょっときついというか、だいたいなんかおれって大麻というワードがなんとなくおもしろいもんとして頭のひきだしの上のほうにあるけどどうなん。

きみが違う棚に行って一度見えなくなり、しばらくすると別の列ではあるがまた手前にくる。おれのことはみつけていない。ちいさいかごにはマヌカハニーのど飴と不織布マスクが足されている。マスクな。当然おれもしている。だから気づかんのかもしれん。おれはマヌカハニーのど飴の文字列を読めるくらいの距離に居る、居るがなお遠い、久保田早紀が、

あなたにとって私 ただの通りすがり ちょっと振り向いてみただけの 異邦人

と歌う。

それはママがかならず歌ってた。松山千春にしたってそうで、おれと喧嘩した常連が決まって歌って居った。風の中からきこえてくるように、あの店で歌われた歌が思い出されてくる。ちあきなおみや、河島英五。きみはユーミンのイメージ。おれは何を歌って居ったかな。

尾崎豊ちゃうかったかな。

と、わたしは唐突にきみの黒いコートをみつけて急いで会計をしているあいだに思う。尾崎なんや、と思った記憶がある。しかしほんまにそれしか着ていないやんね、ずっと。そこの映画館に一緒にいったときもそうやった。きみとそのとき何をみたのかは忘れたけれども、それをみおわったあときみは、 「マトリックスのほうがおもろいわ」 と言って、それからマトリックスを一緒にみた。きみは何をみてもマトリックスと比べた。何故か。というか常連さんに襟掴まれて殴られたとき後ろにかけてあって、拍子に擦り傷のついたそのコート、傷そのままのコートそれはキアヌを意識してのものかと、いま、わたしは合点した。会計を済ませて外に出るとそれほど長い時間滞在していたわけではないけれど街はすっかり暮れていた。闇に溶け込んでいるきみに手を振って歩み寄る。きみはなにか距離感を掴み損ねて居るようにしりぞいたり不自然に歩み寄ったりふらついていたが、やがて適正な位置をみつけて声を返してくれた。ようやく出会えた。

公園行こ。寒いけど、寒いの好きやったよね。

むかしわたしときみが最も接近した日に、きみはわたしの顔が美しく整っているということを伝えるつもりで「公園みたい」と言い、鼻を撫でて「ここがすべり台」、下唇を触って「であればここはベンチになるか必然的に。おれはここのベンチに座って昼間中ぼんやりしてたい。そしたらほんまに気持ちがええと思う」と言っていて、その時がいちばん意味わからなくておもろかった。きみの不気味な感性がそのときは灯りみたいにほんのり光っていた。いまはやっぱり、純粋にそんなことを言われたのは気味が悪いと思うが、わたしがそういう風に変わって居るのと同樣に、いまはやっぱり、きみも気味悪くない方向へ成長をしているのではないやろうか。コートは変わっていないけれど、コートが変わっていないというのがどういうことかをきみは理解している。

帰っていく子供たちとちょうど入れ替わるかっこうで、公園は貸し切りやった。 街中の公園やから見晴らしは決して良くはなく、そばの道をひっきりなしに車が通るから穏やかな感じもない。子供が水道で遊んでいたのか地面の砂はとても濡れて、そこからも寒さというか冷たさが立ち上ってきて居った。誘っておいて何やけど、何をするでもない。何をしても、何も起こらない。そりゃ現実的な話もすこしした。ママの居場所が突然わからんくなって、いまも見つからんこと。きみを殴った常連さんはラスベガスに遊びにいってそこでも別の誰か女の人を殴って逮捕されたこと、やけどそういうことって、そういうことのほうがどちらかというと嘘っぽい話で、夢っぽい。何かもっとそういうことではない話をいろいろするつもりで考えてたことはひとつも思い出せんで、もうええ、思て、 きみが仕事終わりなのに対してわたしはこれから仕事なのでもう行く、行くわ。と言おうとしたとききみはすべり台のてっぺんに立って居って、

「馬が駆けて居るねんな」 と言った。 「寒いと身体が震えるやろ、止めようとしても止まらんその震えみたいなもん、ねじふせられんもんとして頭の中でいま、馬が駆けて居るねん。草原をまっすぐ走って止まりゃせん。その草原は無限に草原やから、どこへ向かったとしてもどこに着くでもない、のに、颯爽と疾走して居って、錯綜と失踪をして居る。その足音が骨伝導で響いて居る。馬な。走りたいように走らせるしかない」

9年前、ふたりで赤い薬を飲んだ。キアヌが飲んだやつ。わたしときみはお茶しながら、そんなん赤い薬を飲まないわけないと話をして、実際に飲んだ。きみの話をききながら、それでもこの有様なんやなと思った。そういう世の中になってんねんな。そろそろ薬局の眩しすぎる照明は消えて、酒も出さずに店は閉まりだす。街は太陽に合わせて眠らされる。

「ママがよく歌ってた異邦人な、あれきみが店に居るときにしか歌わんねん、わたしの代わりにきみに向けて歌ってたんやで。きみの公式テーマソングって言ってた」

ほなわたし行くわ。わたしのいまの仕事は奥まった路地の地下で悪いことして結託してるみたいに笑い合いながら堂々酒を出すことなので。 きみはもうすこしそこでその馬を走らせておきなさい。

https://youtu.be/5wGbohxpEyI