もしもし――はい 初瀬です。初瀬といいます。予約の――え?何ですか――はい、きょうです。午後からなんですけど、……あの、予約なんですが、ちょっと予約がむずかしくなって、予約がじゃないか 行くのがちょっと、むずかしく、ですね。なってしまって――ええ、申し訳ないですけど一旦 その、キャンセルで、――あの、申し訳ないです――はい、すみません。それでお願いします――あ 初瀬です。はい――はい、ごめんなさいー。はいー。予約すみません――はいー 失礼しますー。はーい
通話を切っていまのは、あの美容室のどのひとやったろうかと、繋がって声がきこえたときにすぐ思って保留した疑問を再開する、わたしのなかでそれは直毛の、長い茶髪の声だった。身長がわたしと同じくらいだけれどわたしよりも大人びた、けれど別の化粧をすればきっとわたしよりおさなくみせることもできる、何かそういう、顔にそもそもの幅を潜めた女性がたしかいたはずだ。そのひとだと思う。 初瀬はソファに寝転んで、そのまま二十分眠った。それからまた眠って、また眠って、その度ごとに彼女は一段、また一段と深い眠りをしていくような感覚がしていたのだが、そうではなかった。十度目に目を開けたときにはまだ太陽があったが、そのつぎにはほとんど暮れはじめていて、 ああ、
と思ったときに、窓の方に身体をかたむけたために、朝から一度も開けずに閉じたままの鳥かごのなかでブンチョウが、なかに2本備え付けてある止まり木の片方でじっとしているのをみつけた。ブンチョウはわずかな身動きもせず、しかし眠っているわけでもない。顔は初瀬のほうに向いていたが、初瀬をみているのではなかった。それでまた「ああ、」と思って、初瀬は立って、鳥かごを開けた。開ける前からブンチョウは彼女の立ち上がる動きに反応して、上の止まり木から下の止まり木に移り、それからかごの底に着地して入口の前に待機していた。それで開けたらすぐに出てくるのだからやっぱり出てきたかったのだろうと彼女はそれで思った。わたしのこの、こんな持ち崩れにこの子を巻き込んではいけないのであって、それはほんとうにごめんな、ぐるりとただそれまでの抑圧を割り切るための飛び回りをみせてブンチョウは最後初瀬の肩に止まり、よそをみながらしばらく、荒げた呼吸を整えていた。夕方終わり頃の、雲がなく、日中はよく晴れていたのがわかる空が窓からみえた。この日は気持ちの良い天気だったと、外に出ていたら、あとになって思い出すときに、思っただろう。そのような、どこか回想的な感じ方をこのとき初瀬はした。
それから考えた。
予約を取り下げなかった場合のわたしは既に髪を切り終わっている時間だ。その場合のわたしは昼食を軽く取ってから家を出て、時間に合うよう店へ入っていく。受付にはあの女性がいて、奥の髪を切るところにはいつもの担当のひとがおり、わたしは席に座って髪型の相談をし、しずかにカットが始まっただろう。彼女は、いまからはじめますね、みたいな素振りなく髪を切りはじめるのでわたしは毎回内心でおどろいている。
わたしの頭を指で持ち、はさみを入れていくあいだの彼女が楽しそうにしているのがみてわかるのだが、初瀬は、そのわけまでは知らなかった。
その美容師は仕事に誇りをもって取り組んでいる。誇りが現実に作用して、この場合は髪が切れて落ちていくということで、他者を巻き込んで世界に還元されているとき、ひとは楽しい。そのことが彼女には、自分が念力を使っているように感じられていた。実際にはただ手を使ってやっているだけのことが、自分のつよい思いがただならぬ力を行使している光景が、この目の前に実現しているように感じた。それでなおさら刃が踊る。
初瀬はそのことを知らない。だから、楽しそうにしている人間がそばにいることにくつろぐ思いもするのだけれど一方で、そばにいる人間が刃物を持って楽しそうにしているのは怖くもある。その感情が交互に去来する、カットが進むのに伴って会話がすくなくなっていくのはそのせいもある。
けれどわたしは大体どの場面においてもそうだ、と初瀬は思うにつけて悩む。わたしはたぶん相槌がへただ、どれなのだろうというときにひとつに決められんで、その選べるどれもをただ内側に取り込んでいくところが、吸収質なんねやろうな。吸収質の人間。こんなひとのことをそう呼ぶのはどうでしょうか。
そんなことを会話のさなかにも考えてしまうから、より一層会話は貧しくなっていく。
その場合のわたしは次第に眠くなってくるだろう。それは会話がなくなって退屈だからではなく、そうやって思う言葉きいた言葉を反芻しているうちに脳の認知領域がオーバーフローして、一時的な休眠状態に陥ってしまうということだ。初瀬は美容室に限らずほとんどそういう風にして眠る。大学の授業も、どれだけ興味があったって眠る、睡眠というのはそういうものだといつのまにか思ってしまっているから夜はむしろそうやって雑多なことをあえて考えたり思い出したりして、頭のなかの活動要員を路地で撒くようなつもりではたらかせないと眠れないほどだった。そういえば、
むかし、金縛りにあったことがあった。金縛りになる瞬間、初瀬は目を閉じているのに目の焦点が暗闇のなかでどんどん一点に絞られていくような感覚に落とされた。その絞りが極まったとき、一気に身体が硬直する。初瀬が「吸収」という言葉の外縁から汲んでいるのはそのような体験にもとづくイメージだった。
自分のなかにはブラックホールのようなあるひとつの消失点があり、何もしていないと、意識も知覚もそこへ収束していく。そうならないためにわたしは認知を適度に放棄している。
それで眠るのだろう。
初瀬はそう理解していた。
それで、眠ってしまったその場合のわたしは、すこしだけ夢をみた。唐突だったがそれは、友達と花冠をかけあっている夢で、友達はだれかわからず、その顔をみようとするとぼやけるのだが、遠巻きにみるとみえるような気がする、しかし遠巻きでみればみるほどそれはわたしが知っているだれの顔でもない。
友達のだれでもないそのひとを友達と思えるのは夢だからだ。
隣り合って花冠をかけあっているにも関わらず、遠巻きにそれをみることができるのは夢だからだ。
夢をみる、という言い方は、こういう感じ方からするとすこしへんな気がした。夢はみているのではなく、きいているのでもなく、さわっているのでもない。それは五感の零番目、ただただ夢を覚える、ということ。
その状態は心地よい。とてもいい気持ちがする、しているときに初瀬は美容師の、
「いいですね」