嵐がやんだばっかりの帰り道は、弱った葉っぱや付け根のほうから折れた枝などが散らばっていました。橋で立ちどまってあふれそうな川を見下ろしていると何とはなく満足したんであとは家までまっすぐ、風が向かいから吹いていて、嵐の尾なのでしょうが、それは自分にとってはむしろ何か始まりの予兆のような気がしました。そんな、結構いい心地のまま玄関をあけたら、外の蒸し暑さとは裏腹の冷気が部屋の奥からただよってきたのです。冷房をつけ放しにしてきたか、と、わたしはべつにもう今更取れる措置なんてないのに駆け足で、部屋の電気をつけました。そしたらそのあざらしと目が合ったんです。  あざらしのことは誰もが知っていると思います。幼いような老いたような目をしたあざらしが、どこにも視線を送らず全部を見つめているような目をしたあざらしが、器用にわたしの椅子に乗り上げてこちらを向いていました。  あざらし? と思ってあざらしを見つめ、部屋まちがえた? と思って玄関を一度ふりかえり、そんなわけはなかったのでまた向き直ったあと、え、なんの用? と言いかけたあたりで、一旦冷静にならなければならないと感じました。まずはひとに危害を与えるあざらしなのか、それとも聞き分けのあるあざらしなのかを見極めなければなりません。深呼吸をしました。するととても安らいだ気持ちになって、再度そのあざらしと相対しました。そのとき、まさか自分はこの目に諭されたのではないかというような心持ちをそのあざらしから受け取ったことを覚えています。一瞬、その目を通して見る南極の景色はわたしが見るのよりもずっときれいなのだろう、それはたったひと言で全部言い表せる言葉のような、ひとが持っていないものだ、と考えました。  あざらしはその後、ゆっくりと椅子を回して机に向き直り、手(手?)を動かしはじめました。身体がおおきいのではじめ何をしているかはわからなかったのですが、おそるおそる覗き込むと、あざらしはわたしのノートパソコンを使っているのでした。そしてわたしの書き溜めていた日記を勝手に編集しているのでした。  ある日から毎日、クラウドに保存しているものでした。クラウドは無料プランのアカウントだから容量は2GBしか保存できないけれど、テキストファイルしかないので、10年以上書き続けても、まだ上限に達することはなく、まだ半分以上空いているのでした。テキストはいくら積み重ねてもたった一枚の布のようにかるい。そう、それはわたしにとってずっと織りつづけている一枚の布だったのです。  それをあざらしがそのなかから適当にひらいては、書き直しているのでした。 「ちょっと」わたしは声を掛けました。「やめてよ」  あざらしはきこえていません。夢中でした。わたしもむきになって、 「やめなさい」 「ぴい」  ついにわたしはあざらしに手をかけて、その場から引き剥がすことを試みました。思いっきり引っ張ってうしろに倒そうとか、力を込めてお腹から抱きかかえて持ち上げようとか、色々やりました。  そのあいだにもあざらしはわたしの日記ファイルを適当にひらいては書き直しているので、とにかくそれをやめさせなければならないと思いわたしは椅子をぐるりと180度回しました。  静寂が降りました。  あざらしは動きを止めて何か口元だけもぐもぐさせながら回転した景色の先にある玄関をじっと見つめていました。見つめてはいないかもしれません。あざらしが何を見ているのかというのは、わたしにはわからないのです。それからしばらく何も起こらなかったので、このまま膠着したらどうしようかと思い始めた矢先、とつぜん倒れ込むように床にころがりでて、這って玄関から出ていきました。

という、このことは翌日ニュースになったのでみなさんおぼえていると思います。どうやら同じ目に遭ったひとがたくさんいたようです。  無数のあざらしがその後、いっせいに川にもぐって流れにまかせて浮かび、そのまま南極にもどっていったとか、なんとか。  わたしはその、あざらしの目のことをいまでもおぼえています。そしてあざらしに書き直された日記を読み直しています。読み直していてわかったのは、だいいち自分が何を書いていたかなどおぼえていないので、だからどこが直されているのかもわからないということで、いまのところ、ここはまちがいなく書き直されていると思うようなところは見つかりません。すべてなんとなく、自分が書いたような気がします。